富川国際ファンタスティック映画祭(BIFAN)のXRキュレーターであるジェイ・キムは、2016年にBIFANでバーチャルリアリティ(VR)コンテンツを韓国の映画祭で初めて導入し、これまで7年間BIFANのXR部門プログラムを担当してきました。また、2019年にはBIFAN Beyond Reality部門を新設し、様々なニューメディアコンテンツを観客に紹介しました。
また、ジェイは2016年に映画製作のビジネスからこの業界に飛び込んで以来、多くのXRプロジェクトをプロデュースし、サンダンス、トライベッカ、SXSW、IDFAなど複数の国際映画祭に招待された経験があります。
2020年にGiiOiiスタジオを設立し、現在は韓国におけるニューメディア・コンテンツのエコシステムの拡大に注力しています。
最優秀賞に輝いたのは、TARGOのクロエ・ロシュルイユによる『JFKメメント: ある暗殺の物語』でした。クロエはこれまでも、既存の資料を用いて見事な空間表現の中で物語を描いてきましたが、今回の作品では美的な領域において新たな高みへと到達しています。題材となったケネディ暗殺事件は、多くの人が知っている歴史的事実ですが、クロエはXRを用いて鑑賞者にこの歴史の一幕を目撃させ、鑑賞者が事件の全体像をより鮮明に理解できるように導いたことが評価されました。この作品におけるXRの活用と、それによる効果的なストーリーテリングの手法は、本映画祭の価値を示す上で優れた例であると言えるでしょう。
オランダの作り手、ステイ・ハレマによる『イマジナリー・フレンド』は、XRコンテンツが長年抱えてきた課題に創造的な手法で取り組みました。ヘッドマウントデバイスを装着した鑑賞者は、自分のアイデンティティについて混乱することがよくあります。それは、現実の「自分」を構成している多くのことがXRの世界には反映されないことや、作品中の登場人物に自分を投影することが難しいことが原因です。このため、鑑賞者の完全な没入を目指したXR作品では、逆説的に鑑賞者に違和感を抱かせる結果になることが多くあります。ですが、『イマジナリー・フレンド』では、鑑賞者を傷ついた子どものイマジナリー・フレンド(空想の友人)に設定することによって、この問題を創造的に克服しています。これにより、鑑賞者は「束の間の不信の停止」という心地良い状態に入ることができるのです。本映画祭では、本作が従来のメディアにはない深みのあるストーリーテリングを達成したと感じており、今年の本映画祭の受賞者にふさわしいと考えました。
デジタルに表現された仮想世界において、鑑賞者がリアリティを感じるための条件の一つは、今この空間にいるのは自分一人ではないと感じられることだと言っても差し支えはないでしょう。昨今のXR作品の傾向として、マルチユーザー体験の追求が挙げられます。鑑賞者が仮想世界に強く没入するためには、どんな技術的な設定よりも、同じ空間に複数の鑑賞者がいるという感覚、そして物理的に歩き回ってストーリーを追うことができるという感覚が必要です。鑑賞者の没入感が高ければ高いほど、ストーリーテリングの妨げとなり得る不要なインタラクションを取り除くことができます。『ガウディ:神のアトリエ』は、美学的にも技術的にもその好例です。著名な建築家であるガウディを題材にしたストーリー、マルチユーザー体験の実装、魅惑的なグラフィック、完璧な技術によるスムーズな動作性など、本作はXRコンテンツとして人気になるための要素をすべて兼ね備えているのではないでしょうか。XRコンテンツの鑑賞者層を拡大するために、XRがあるべき姿を示した優れた一例です。
数々の番組や映像、イベント等のプロデュースを行う。
NHKEテレで放送中の「2355 」「0655」(2010-月〜金放送)、「自由研究55」チーフプロデューサー。Eテレ「テクネ~映像の教室」(2011-)プロデューサー。「毎日映画コンクール」アニメーション部門審査員(2019,2020)、「文化庁メディア芸術祭」海外展(アニメーション分野)総合ディレクター(2018年-2022年)。令和4年度「芸術選奨」選考審査員。
グランプリ作品『JFK memento』やXR Experience Awardの『GAUDI, The Atelier Of The Divine』は、まさにドキュメンタリーの新しい手法を提示するものであった。一方、『Midnight Story』、『My Inner Ear Quartet』などは、フィクションの中への没入感が更なる感動につながることを示してくれた。一方、民俗芸能であるマリオネットをモチーフとした『Immersive Criminology Episode 1: LOST』や、花鳥画の世界を体験できる台湾の『Wonder of Life』、SNS世界を表現した『Kristine Is Not Well』などは、XRの可能性を、映画やアニメーションなどの映像だけでなく、舞台芸術や絵画、更には他のジャンルまで広げることができることを示してくれるものであった。
Beyond the Frame Festival 2023は「XRは、これまでの表現を拡張する」まさにこの言葉が相応しいフェスティバルとなった。
「事実」の積み重ねにより、「真実」を知るプロセスを映像化したものがドキュメンタリーであるとすれば、この作品はドキュメンタリーの新しい手法を提示したものであると言えるのではないか。
すなわち、この作品は、これまで「事実」として用いられてきた、証言や写真、ムービーなどに加え、新たにXR技術により、事実が起こった「空間」や、建物や人などその空間にある存在全体を事実として用いることの有用性を示したものである。
ある出来事が起こった空間全体を再現することにより、浮き上がってくる真実は、非常に鮮明であり、我々の脳裏に時間と空間を伴ったイメージとして刻印される。まさに、ドキュメンタリーの可能性を拡張させた作品である。
心の中の世界、それは時間と空間を伴ったいきいきとした世界であり、現実世界からの観点でいかなるものからも否定できるものではない、そんなメッセージを強く感じさせてくれた作品。
主人公のダニエルの語りかけにより、ダニエルとプレイヤーの両者が協力して物語が進行していくストーリーテリングの手法がXR技術とマッチして、プレイヤーの共感を高めるのに成功している。また、CGアニメーションによるイメージの世界と、実写の現実世界を組み合わせた演出が、二つの世界を持つ人間の複雑性と両世界の間のバランスに揺れ動く心理を見事に描き出している。
見終わった後、ダニエルのイマジナリーフレンドであった自分を誇らしく感じたのは私だけだろうか。
現実空間から自分と他の3人のプレイヤーたちが、4Kで資料に基づきに再現されたガウディのアトリエ空間に丸ごと連れて行かれる体験を味わった。空間の光と影の表現や空間のサイズやレイアウト等の設計が現実空間とマッチして、VR世界なのになぜかリアリティを感じさせる。またそこにあるオブジェや什器等のマティエールまでが忠実に作られ、情報量が多いことも理由の一つであり、他の3人のプレイヤーの姿がガウディの弟子のコスチュームで常に見えているマルチプレイ演出も、仮想空間のリアリティに大きく寄与している。
自然に学ぶというガウディのコンセプトの元、自然の木々が、サグラダファミリア教会の柱になっていくカットは非常に美しく荘厳で、彼が抱き続けた自然への畏敬の念に触れたような気持ちになる。
VR、プロジェクションマッピング、ドーム映像といった体験型メディアを用いた創作活動を行う。監督及びCGプロデュースを手掛けた攻殻機動隊VRフィルム2作品は、2018年・2019年度のヴェネチア国際映画祭、シッチェス国際映画祭など多くの映画祭でVR部門に正式招待され、世界中で高い評価を得ている。その他国内メジャーアーティストのMV、ドームツアー映像総合演出など活動は多岐に渡る。国内外のVRカンファレンスにおいてスピーカーとして活躍。VFX-JAPAN AWARD優秀賞選出(2017-2019)、文化庁メディア芸術祭審査員推薦作品選出(2011・2013)PROMAX・BDA三部門受賞(2010)、onedotzero作品招待(2009)など。
3DOFと6DOF、合計20作品を体験し、どの作品もクリエイター独自のアプローチで新たな表現を模索しており、その審査は非常に困難でした。6DOFの作品には声やジェスチャーといった、身体性を伴ったインタラクションを取り入れ、体験をより拡張させようとするトレンドを感じました。一方、3DOFの作品はインタラクションができないという制約の中で、より洗練された作品が生まれ始めていると感じました。その対照的なアプローチに驚かされると同時に、両手法に今までにない新たな可能性を感じました。
新しい時代のドキュメンタリーとして、この作品は過去の事件を、今起こったかのように追体験する臨場感を提供しました。それはこの体験によって新たな事実が発覚しそうだと思わせるほどでした。この作品はVRが、現実に起こる出来事や過去の歴史を空間ごとアーカイブし、未来に伝えるメディアとなる事を予感させてくれます。素晴らしい構成とシームレスな遷移によって、体験者は作品に引き込まれていきます。プロダクションクオリティが非常に高く、プロフェッショナルの仕事であることを実感させました。
ボリューメトリック技術を駆使した少年ダニエルの実在感は、驚くべきものでした。こちらの声を聴いて喜ぶ姿を見ていると、まるで心が通じ合っているかのようでした。このVR作品のインタラクションは、物語との必然的な結びつきが感じられ、それぞれの瞬間が少年との絆を深めてくれました。作品を鑑賞した後には満足感と同時に、作品から離れるのが名残惜しい気持ちが生まれ、その余韻は他のどの作品よりも映画に近いと感じました。
VRの体験中に、前方に広がる空間を歩き回りたいという願望は、誰もが抱くものです。この作品は、その欲求を実現してくれる素晴らしい例です。フリーローミングVRの可能性を体験者に提供すると同時に、VRが教育的価値を持つ手本としても優れています。
(監督: Chloé Rochereuil)
(監督:Steye Hallema)
(監督:Stéphane Landowski, Gaël Cabouat)
総評
今年のBeyond the Frame Festivalの選出作品は、世界のXRコンテンツの特性や傾向を如実に表していました。XRという媒体によって、ドキュメンタリーが今でも圧倒的な成果を挙げうることを、数々の傑作が証明したのです。XRという媒体が持つ性質によって、従来の2Dスクリーンで上映されるドキュメンタリーでは到達できない領域へと到達することが可能になり、今年選出されたXRのドキュメンタリー作品は、まさにこれを達成することができる作品ばかりでした。
また、選出作品の特徴として、技術的にも形式的にも高いレベルの美学的成熟を示していることが挙げられます。今や多くの作り手が、XRという媒体の文法を十分に理解していると言っても過言ではないでしょう。マルチユーザー体験、多様なインタラクションの創造、最適化による画質の向上など、どの作品も様々な領域で大きな進歩を遂げています。
スペースの制約上、観客の皆様に選出作品すべてをご体験いただけないのは残念ですが、Beyond the Frame Festivalが次世代の作り手や、新しいストーリーテリングを求める観客の皆様に刺激を与えることを願っています。